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『 テトラの森 』

03

いつもよりちょっと遅い時間にお手伝いロボに叩き起こされ、ベッドから追放された。
低血圧のせいで立っていられなかったので、隣にある椅子に座り、眠気を覚ます。
私のロボは文字通り叩き起こす。いつも掃除の合間に仕事をするせいか、手に持っているハタキで何度も何度も私のお尻を叩く。
私よりも半分ほど背が小さいのにとても力強い。
そして、なぜ椅子かというと、ベッドに座ったままだとそのまま横に倒れて二度寝してしまうからだ。
椅子に座った状態で横になると、大惨事になるということはとうに知っている。
だからお手伝いロボも私の起床後、すぐ椅子に誘導する。
ペンダント型端末を通して私の睡眠パターンを調べ、浅い眠りの時に起こしてくれているはずなのに私の脳はすぐに働かなかった。
こう頻繁に続くと本当に起きやすい時刻にちゃんと起こされてるのか疑いたくなる。
こうしている間にも、端末には「眠気覚ましの時間」としてログが残るのだろうが。
ある程度目が覚めたところで、呼び出し音が鳴った。
誰だろう……?
浮かび上がった映像を見ると「真弓」の文字があった。
そういえば真弓に何も言ってなかったか。
「PULL」をタッチすると、なぜか真弓のホログラム(立体映像)は現れず、私の部屋一面に教室の様子が投影された。
目の前には制服姿の真弓が驚いた顔で立っていた。
「どうしたの凜、めずらしいじゃん!」
「えっ、なんで…しかもパジャマ!!!」
どうやら間違えて「PUSH」をタッチしてしまったらしい。
両方「PU」から始まるなんて紛らわしいよ……
文句を言っている暇は無い。私はすぐ様、本人映像から仮の映像へ切り替えた。
ホログラムでもさすがにパジャマ姿は見られたくない!
「あはははっ、凜、なんでそれにしちゃったの!」
「えっ……」
「笹あげようか?」
「い、いらない……」
急いで変更したのでパンダの映像を選択してしまったらしい。
教室の窓を見てみるとうっすらとパンダの姿が見えた。手を上げ下げしてみたら全く同じ動きをする。
間違いない。これは私だ。
真弓から見たら私の代わりにパンダが喋っているというシュールな光景になっている。
「どうしたの、ホログラムで学校来るなんて珍しいじゃん」
「寝ぼけてて『PULL』と『PUSH』間違えたの」
「さすが凜!」
「絶対馬鹿にしてるでしょ?」
「気のせいだって♪」
「あ、そうだ。実は昨日お母さんに用事を頼まれて、1ヶ月間西区を離れることになっちゃった」
「えー、それは大変だね。授業とかどうするの?ホログラム出席?」
「もちろん一ヶ月後にずらす!」
「あっぱれ!」
真弓の反応から見て、確信的にこの質問をしたのだろう。
「それが……昨日時間割を組みなおしてみたんだけど、来月から1日4時間しか寝れなくなっちゃった」
「それはお気の毒……っていうか、そこまでするなら意地張らないでホログラムで授業受ければ良いのに」
「それは嫌!」
「はいはい、分かりました」
「真弓の時間を分けてくれたらそっちまで毎日通うよ」
「それはム・リ」
「だよねー」
「美容に費やす時間は渡せない」
「そっち!?美容と私、どっちが大事なのさ」
「美容」
「即答かよ!」
「そっか、じゃあ今日から凜は学校来ないんだね」
「弁解はなしなのね……うん、明日から休む」
「寂しくなるなぁ。じゃあ、何かあったらまた呼び出すね。次回はちゃんと着替えてよ。パンダと話すのはちょっと勘弁」
「そうかなあ。パンダと話せるなんてレアだと思うけど」
「レアというか関東南区のパンダ研究員になった気分」
「いいね、それ。そのままノーベル賞取っちゃおうよ」
「そこまでいうなら取っちゃおうかしらー」
「真弓ならできるって……あ、もうこんな時間。ごめん、そろそろ準備しなきゃいけないから閉じるね」
「はーい。さすがにパンダのストリップショーは見たくないわ」
「既に裸のパンダが何を脱ぐのか全く謎だわ。じゃあねー」
私は「END」の文字をタッチした。部屋に投影された教室の映像が一瞬にして消える。さて、そろそろ準備しますか。
準備といっても着替え位だ。直前まで父が居るから必要なものは全て富士の森の家に揃っているはずだ。
もし無くても端末から注文すればいい。ほとんどの物が1日以内に届く。しかも、お手伝いロボに指令を与えれば西区の家から持ってきて貰えるから全然問題ない。
「パスポートやチケットも端末があれば大丈夫だし、着替えもしたし、えーと後は……」
ふと、部屋の片隅に飾っていたハガキが目に入った。
「富士の森に行くからにはこれも持って行かなきゃね」
無性に子供の時の思い出に浸りたくなった。
私は端末とハガキだけ持って、寮を出ることにした。
するとジャストタイミングでオートカーが現れた。
これも、端末が予定を組み立てている時に自動的にこの時間に車が来るよう命令を投げている。
私は少し寄り道してからターミナル駅に向かいたい気分になったので、端末に向かって予定を言った。
「南区に寄ってからターミナル駅へ」と。
さっき、真弓と話していたときに話題になった南区。そこにいる動物達を見学してから向かおう。
パンダは多分、大切に保護されているからさすがに見るのは難しいかな。
久々の遠出で心躍る私の気持ちに応える様に、オートカーからは軽快な音楽が流れ、出発した。
私は日本のテラシティという大都市の一角に住んでいる。テラシティは大きく分けて東西南北4つの地区に分かれている
。地区の分け方は主に、学術専門分野別に分かれている。
ざっくり分けると東はIT、工学などの技術系、西は歴史、経済、法律などの社会学系、南は地学、海、宇宙、動植物などの自然科学系、北は医学、薬学、再生学等の医療系になる。
それぞれの地区内には学校、研究、企業の3つのエリアがある。
私が所属するのは、西区の学校エリアだ。だからほとんど学校と寮しかない。この時間は本来、授業中なので当たり前だが道路はめちゃくちゃ空いていた。それどころか道端には人1人居ない。
おかげ様でスムーズに学校エリアを抜けた。すると、オートカーは一般道ではなく空路に入っていった。
空路というのは文字通り空を走る道路。
実際にはちゃんとした道路が通っているのだが、透けて見える素材を使っている。そのお陰でまるで空を飛んでいる様に思える。だから空路という。
オートカー自体を透けさせることも出来るので、私が座ったまま空を飛んでいる様に見せることも出来る。
これが非常に楽しい。
逆に高所恐怖症の人は空路の間だけオートカーの設定を変え、別の景色を見せるモードにしている。または、そもそも空路自体を使わない。
ただし、その場合倍以上移動に時間がかかる。なぜかというと、速度制限が厳しく定められているからだ。空路については速度無制限なので、車が全然走っていない場合、直線ではオートカーの最高速度、時速420kmまで出してくれる。
スピード大好きな私にとって、最高に気持ちがいい。
今日は、思い切り楽しみたいので私はオール透過モードを選択した。
車が一気に見えなくなり真下には研究エリアが広がっていた。
西区は基本的に建物ばかりが立ち並ぶ。その中では恐らく、偉大な学者達が日夜研究を重ね、論文を作成し、世界の人たちとホログラムを使って議論を繰り広げているはずだ。
しかし、私のみたいに外から見ると、そんな様子を確認することが出来ない。
映画に良く出てくる、魔物が人を連れ去ってしまった後の失われた町、ゴーストタウンが思い浮かんだ。
人や車が全然無いので、より一層強く感じる。
まるで、時間が止まっているみたい……あ、でも建物ボロボロじゃないから正しくは、神隠しにあった町か。
ゴーストタウンが出た映画のタイトルを思い出す間もなく、オートカーは南区研究エリアに入った。
一気に周りの風景が変わる。
南区は自然科学をテーマに研究を行っている。だから、研究に必要な動植物や自然が広がっている。
見ているだけでとてもわくわくする。パンダが居ないか目を凝らしてみてみた。しかし、キリン・ゾウ・シャチ等の大型生物しか見当たらなかった。
恐らくパンダは貴重なので、部屋の中で大切に飼われているに違いない。
ここは西区とは違い、比較的外に人がいる。
恐らくそれは、考え方の違いだと思う。西区と東区はオタクが多い地域で有名だ。いや、西区はまだましだと思う。(ましであって欲しい……)東区なんてコンピュータが友達みたいなものだから。
東区にいた人の話を聞いて一番びっくりしたのは、もう何十年も外へ出ず、朝から晩まで部屋にこもっている人が東区人口の8割を占めるということだ。
同じ日本に居るはずなのに、文化の違いを感じた。
しかも、その話をアメリカの友達にしたら同じような回答が返ってきた。
こうなるともう文化の違いとか話に出しても訳が分からなくなってくる。
もうすぐ中区に到着する。学校エリアも研究エリアも企業エリアもここには無い。
ここは国会、裁判所、警察署など日本の中枢を担う機関だけが揃っている。
私がこれから乗るリニアも中区から各地方へ出ている。
北海地区までおよそ1時間で到着してしまう速さだ。
オートカーも十分早いけども、空路を使ってようやく3時間といったところだろう。断然リニアの方が早い。
しかし、リニアに乗る人は大分少ない。
なぜなら、運輸料、移動料、CO2排出税など莫大な料金がかかるだけではなく、役所に3種類ほど手続きをしなければならない。
一言で言うと非常に無駄で面倒。
ホログラムを使えば安値で早く遠くに行ける。
そして、面倒な手続きが一切無い。だからみんな、関東から外に出ない。出るのは仕事目的やもしは物好きかだ。
普通は移動手続きをすると許可が下りるまで約半年はかかるんだけど、私の母は何故か顔が広く政府の職員とつながりがある。だから私の手続きは早く済んだのだが……それでも、1週間はかかるはずだ。
事前に言って貰えれば、それなりの準備ができたのになぁ。
「許可証を提示してください」
リニアの搭乗ゲートで車はゆっくり止まり、両脇から機械音で言葉が流れた。
私は端末を取り出し、画面を数十センチのところに浮かびあがらせ、母から貰った許可証をタッチした。
「生体認証、一致。お通りください十沢凜様」
オートカーが再びゆっくりと走り出す。何で他は全部デジタルなのに、ここだけアナログなんだろう。
個人のIDを不正使用させないことが目的だろうけど、毎回面倒で仕方が無い。
しばらくだだっ広いターミナルをオートカーは低速で走る。なぜこんなに広いのかというと、北海地区から沖縄地区、海の先にある離島にいたるまで、あらゆる方面へ向かう線があるからだ。
つまり、国内であれば全てリニアが連れて行ってくれる。ここは日本の心臓と呼ぶのにふさわしい場所なのだ。
そろそろ富士方面のホームに到着しようとしたそのとき、端末から音楽が鳴った。
軽快な音楽と共に私の目の前に、すぐにでも手を伸ばしたいくらい美味しそうな食べ物のホログラムが現れた。
あ、もうそんな時間か。私はお腹に手をあてて、確かに減っていることを改めて確認した。丁度リニアに乗っている間に食べれる様なパンと野菜と肉を挟んだ軽食を選んだ。
画面が切り替わる。今度は飲み物だ。選んだ食べ物に見合ったカロリーを含む飲み物が表示された。
1個目、野菜ジュース、2個目、果物ジュース、3個目、緑の野菜ジュース……健康的なものばかりではないか!
どうやら私はコンピュータに大分不健康扱いされているようだ。たまには炭酸系の飲み物がいいな。
そうこうしている間に、オートカーは富士方面のホーム前で止まった。
既に私が乗る予定のリニアは到着していた。
私はゆっくりと車を降りた。
「ありがとう、最高にいい運転だったよ」
「お褒めに預かり光栄です」
オートカーと短い会話をした後、私はリニアに乗り込んだ。
車内は人1人居なく、とても静かだった。ホームもすごく静かだったけど、かすかに機械音や風の音が助けてくれた。
しかし、何もかも動かない金属で囲われた車内では密閉された容器の中に居るようで、少し恐ろしく感じた。
静けさに耐えられなくなった私は誰も居ないのをいいことに、好きな音楽を流した。
旅といえばこれ、平成時代に大ヒットしたTrainを題材にした音楽。
これを聞けばノリノリでリニアの旅が楽しめる。
いつの間にかリニアは発進していた。無音で動くのが売りなので、いつ出発したのか気がつきもしなかった。
せめて平成時代の車掌さんみたいに、発進しますとか放送してくれればいいのに…… 


 
 

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