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『 テトラの森 』

02


西暦2200年7月14日、快晴。
今日は最高の日になりそうだ。
理由は二つ。ひとつ、十沢凜、16歳の誕生日。ふたつ、4年生への進級。
誕生日が来るたびに、進級できるなんてなんともおめでたい続きなのだろう。
もっとも、今日進級する人たちは、全員今日誕生日を迎えるのだが。
私が晴々とした気持ちのまま教室に入った瞬間、一気に雲がさしかかった。
それに気づいた数名のクラスメイトがそ知らぬ顔をして、私を避けた。わざわざご丁寧に席も移動している。
私は入り口から自分の席まで右足、左足とわざと強く踏みしめながら歩き、椅子を乱暴に引きまたもや乱暴に座った。
その瞬間、長い髪が宙に浮き、顔に被さった。無性に恥ずかしくなって、右手でかきあげ、整える。
この教室に居る人たちは、私がなぜこんな態度をしているのか聞かずとも分かっていた。なぜなら頻繁に同じ理由で怒っているからだ。
「なんでみんな出席してないの!」
「何言ってるの凜、ちゃんとしてるじゃない」
クラスメイトの工藤真弓はホログラム(立体映像)で私に近寄った。
真弓の言葉に呼応するかのように、ホログラムで出席しているクラスメイトたちは何度も頷いた。
ホログラムというのは自分自身の映像を映し出しているだけで、実態は教室には居ない。
つまり、家の中に居ながら授業受けてしまえという怠慢が生み出した産物なのだ!
本当、分かってないんだから。
「これのどこが出席してるって言うのよ。まるで幽霊じゃない」
私は真弓の体に向けて手を何度も振りかぶった。しかし、何の感触も無いまま通り抜ける。どんなホラー映像だ、これ。
「いやん、凜のえっち」
「……」
「もー、そんな怒らないでよ。ホログラムで出席なんていつものことじゃない」
「そうだけど……でもね、今日は何の日?クラスみんなの誕生日だよ。それに、進級!」
「うん、知ってるよ。誕生日おめでとーみんな」
あー、もう。腹が立つ。私は真剣に言ってるのに。
今出席しているクラスメイトの九割がホログラムで出席している。
せっかく同じ教室に同じ年齢、誕生日の人が集まっているのに、ほとんどがホログラムなんて…
今日だけじゃない。普段からずっと、こうだ。
過去、同じクラスで全員この教室に居たのは数えるほどしかない。
これが、悲しすぎると思うのは私だけなのだろうか。
もちろん、私自身、全くホログラムを使わないわけではない。親と会う時や外国に行く時など、様々な場面で使っている。
理由は、遠くに移動するのが難しいからだ。
パスポートを取って、申請して、役所の承認を貰って……そんな手間をかけるよりもホログラムで一瞬にして遠くの世界を見れるなら使うに越したことは無い。正直、とても便利だ。
「まぁまぁ、凜ちゃん落ち着きなって」
「手崎君だけだよ分かってくれるのは……」
眉をハの字にして笑いながら私をなだめてくれたのはクラスメイトの手崎亮。少し見上げる位背が高く、笑っていなくても常に笑っている様に見える顔の作り。
顔だけではなく愛想も良いのでそこそこ人気がある。どちらかというとお姉さま方に特に人気がある。
ホログラムで出席していない希少な存在だ。
「十沢さん、可愛いんだから眉間にシワ寄せたらもったいないよ」
そう言って私の眉間を人差し指で突いた。
こうしてマダム達を落としてるんだなあと改めて思う。
「手崎、凜に手を出したら許さないんだからね」
「あれ、工藤さんもやって欲しいの?」
「いらんわ!」
なぜかこの二人は仲が悪い。真弓いわく、女に対してくねくね媚びる所が嫌いらしい。いつも女の子っぽい真弓も手崎に対しては口調が代わる。
というか、対男となるといつもサバサバしている。可愛いし頭も良いからもてるのになぁ……もったいない。
9時を知らせるチャイムが鳴った。
私と手崎君は近くにあった席に横並びに座った。特に指定席は無いのでなんの問題も無い。
続々と、まだ出席していなかったクラスメイト数人が一斉にホログラムで現れる。それを見てさらに気分が落ちた。
「はい、全員席に着いたかな」
「あれ、先生今日はどうしたんですか?」
異変に気づいたクラスメイトが質問をした。それをきっかけにクラス全体がざわついた。
なんと、あろう事かパジャマ姿の先生がホログラムで現れたのだ。生徒達も最低限の礼儀を守り、制服に着替えているのにだ。先生がその常識を根底から覆してきた。
「凜ちゃん、口閉じて」
私は驚きを隠せず口が開いたまま戻らなかったらしい。
「う、うん。ありがとう手崎君……」
ゆっくりと口を閉じて先生が何を言い出すのかじとりと見た。
「いやー、参った。今ね、ヨーロッパに居るんだけど昼夜逆転しちゃってね。危うく遅刻しそうだったからこのまま来ちゃった」
陽気に笑う先生につられ、クラスメイトたちも笑った。もちろん私を除いて。もう、色々と台無しだ。
「手崎君!あなたまで笑わないでよ!」
「ご、ごめん……」
手崎君は素直に笑うのをやめた。
「さて、皆さん今日からとうとう四年生です。休みの間、カリキュラムを確認してもらったから分かると思うけど、自分の専門分野を選択して研究 に取り掛かってください。後五年あると思って油断しているとあっという間に時間が過ぎていつまでも卒業できなくなるから気をつけてね」
先生の説明に、クラス全員の緊張が一気に教室に張り巡らされた。それもそのはずだ。五年の間に行った研究で成果が出るまで、学校を卒業することが出来ないからだ。
卒業後も研究者になる人はまだ平気だが、働こうとしている人にとっては死活問題だ。
なぜならば、短期間で成果を挙げられない人間というレッテルを貼られ、仕事の募集をかけても経歴ではねられるからだ。
将来、金を扱う資格があるかここで振るいに落としているのである。
「では、本日はこれで解散。各自、カリキュラムを読みながら授業を組んでください。何か質問があればチャットかメールを投げてください。では、以上」
先生のホログラムは一瞬にして消え去った。いつにも増して、投げやりだったその姿勢はおそらくこれからもう一度眠りに入るのだろうと私たちに予想させた。
「本っっ当にありえない!なんなのあれ」
「しょうがないよー。これでも先生、毎日研究で忙しいらしいじゃん」
真弓が言ってもホログラムだから何も説得力無いというのを訴えたかったけどまた論争が繰り広がりそうだからやめた。
「いやー、寝起きの先生はまた可愛かったな」
「黙れ外道が」
「ひどいよ、真弓ちゃん」
「でも……私たち生徒をまとめるからにはお手本になって貰わないと先生の役割果たして無いと思うんだよね。」
「それなら十分果たしてるよー。はん・めん・きょうし」
「真弓ちゃんうまい!」
なるほど上手い。座布団一枚。しかし、根本的には何も解決されていない。
「凜はね、昭和時代のドラマ、見すぎなんだと思うよ」
「しょうがないじゃん、好きなんだから」
「先生は尊敬されるべきとか学校はみんなちゃんと出席すべきとか。まるで時代に取り残されたガンコオヤジみたい」
「ひっどーい……私一応、女なんだけど」
「あれ、そうだっけ?」
「もー!!」
凜は真弓の肩を手のひらで軽く叩こうとした。しかし、先ほどの様に手はむなしくすり抜ける。
ホログラムじゃなく、実態の真弓がそこに居てさえくれれば、私は真弓を叩けてもしかしたら真弓もやり返したかもしれない。
そんな甘い思いが脳裏をかすめた。真弓はそこに居て、こうして私と話をしているはずなのに触れることが出来ない。
何故だか、今いる現実が夢で、時間が経つと綺麗に無くなってしまう気がして虚しくなった。
「凜、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
クラスメイトのみんなは感じないのだろうか。この世界の不自然さを。幼い時からずっと感じていた私にとってみんなの行動は摩訶不思議でしょうがなかった。

十三歳になってから学校の寮に入り、両親と離れて暮らす様になってから特にこの思いは強くなっていた。
だから私は真弓の言ったとおり、空いた時間はずっと昭和・平成時代の映像を見ていた。この映像を見ているときが私の一番癒される時間、心暖まる時間なのだ。
確かに、私は取り残されているのかもしれない。住んだ事も無い時代に夢を見すぎているのかもしれない。
そんなこと、とっくに感じている。この世界の時間を元に戻せない事も良く分かっている。

寮に戻り、ご飯が来るまで平成時代のドラマを見ようとペンダント型のタブレット端末を取り出した。
見やすいように画面をペンダントの数センチ上に投影し、ドラマを選ぶ。恋愛、学園もの、お笑い……うーん、どれにしようか迷うな。ぐだぐだしている内に、画面全体が変化した。
どうやら母からの呼び出しみたいだ。「PULL」の文字をタッチすると早速母のホログラム(立体映像)が現れた。
ホログラムには2種類の現れ方がある。自分が行くか、相手が来るかだ。相手の映像を自分が居る場所に投影したい場合は、「PULL」を選ぶ。
逆に自分が相手の場所に行く場合は、「PUSH」を選ぶ。
「凜ちゃん、久しぶり。元気してた?」
「うん」
「相変わらず質素な生活してるわね。お小遣いあげてるんだから、もっと服とか化粧品とか買いなさいよ」
「あまり興味ない」
「もう、だから彼氏1人出来ないのよ。お肌も今のうちからケアしないとお母さんみたいになれないわよ」
母は相変わらずだった。
とても五十六歳には見えない肌の艶と露出の多いキャミソール、それにホットパンツ。髪は長く縦に巻いている。色はびっくりするほど明るい茶色。
おそらく毎日、アンチエイジングと髪の手入れをロボットに委託しているのだろう。
「ああっ、今若作りしてるなとか思ったでしょう」
うん、ご名答。でもそんなはっきりと答えられるはずも無い。
「いや、そんなことない」
「本当に?」
「本当だって。で、何の用?」
早く話題を変えようと思った。母が嘘発見アプリを起動させる前に。
「あ、そうそう忘れるところだった。凜ちゃんが小さい頃行ってた、富士の森覚えてる?」
「うん、もちろん」
「ちょっと、明日から一ヶ月ばかし、お父さんと仕事代わって欲しいのよね」
「えっ!森番の仕事を?」
「そうそう。お父さん森を離れられないから旅行に行けないって言うのー。もう、1人で旅行なんて寂しいわあ」
「そんな簡単に代われるものなの?」
「大丈夫!全部ロボ達が面倒みてくれるから。空気もおいしいし最高よ、富士の森は」
「まぁ、それは嬉しいけど」
「そうと決まれば、明日からヨロ!」
「あ、ちょっとま……移動手続きとか授業とかはどうすんのさ?」
「移動手続きはやっといたから安心しなさい。授業はホログラムで出れば良いじゃない」
「え、そ、それは……」
出来るはず無かった。私自身、いつもみんなにホログラムで出席するのはやめてくださいと訴えているにも関わらずだ。
「じゃ、そういう事でよろしく!お母さん旅行の準備しなくちゃだから」
私の返答を待たないで母は消えた。(ホログラムだけど)
母は色々と爪あとを残して行った。まるで嵐が去った後のようだ。
うーん、どうしよう。困ったな。とりあえず、明日から一ヶ月は授業を受けないで後に回そうか……
こんな時に、自由に時間割を組めるのは非常に便利だと思う。結果として後の方に影響が出るのだが背に腹は代えられない。
富士の森……懐かしいなぁ。確か、物心ついて間もない時によく遊びに行っていた記憶がある。
空が青くて水が綺麗で緑が青々としていて、人工物が何も無いまさに自然が集まった土地。
確か、おじいちゃんから色々教えてもらった記憶がある。中でも一番思い出深いのは、紙で出来た本やハガキ、カレンダー、絵だ。
ホログラムほどの立体感は無いけれども、とても繊細で綺麗だった。
あまりにも私が気に入って手を離さなかったのかおじいちゃんは私に一枚のハガキをプレゼントしてくれた。
それは今でも大切に保管している、富士山の絵だ。
後になって調べた事だけど、昔、富士山は大噴火をした後、有毒物質が辺りに染み込んでしまったらしい。
だから、それが外に漏れないように政府によって壁の囲いが作られた。
壁が出来る前までは私がいる関東西区からもこのハガキの様な富士山が見れたそうだ。
なんというもったいないことを!!
確かに、昭和・平成時代のドラマを見てもよく富士山が出てくる。大昔の江戸時代なんかにもよく「富士」という文字が地名や川柳なんかに現れる。
それだけ愛され続けた山なのに、今は壁に囲われ、景色を見れないなんて本当もったいない。
今、富士山の方角には、空まで高く聳え立つ灰色の壁が横に長く広がっている。その姿はまるで、誰かが山の美しさを独り占めしている様に思えた。悔しい……
壁の中は立ち入り禁止だから見れないのは残念だけど、富士の森は他にも楽しいことがいっぱいある。そうと決まれば早速準備をしないと!
私は端末を取り出した。
「明日から一ヶ月間休む」
と端末に話かける。すると、後はコンピュータが言葉を認識し、自動的に時間を計算して時間割を組みなおしてくれる。
日ごろ端末を持ち歩いているので、私の生活パターンも考えて時間割を組んでくれるから非常にありがたい。
一分も経たない内に、時間割が完成した。警告音が鳴り響いている。この警告音が出たらどこか時間を削らなくては遅れを取り戻すのは難しいの合図だ。
うーん……ドラマを見る時間は大事だし、ご飯も大事、風呂もそうだし……
これは睡眠時間を削るしか無いか。後は、睡眠学習をフル活用して、暗記の時間を短縮っと。あああ、しばらく睡眠不足になるな。でも、しょうがない。
あっ、そうこうしている間にドラマ見る時間が三十分無くなってしまった。いいや、明日学校じゃないし、睡眠時間三十分短縮!  
 
 

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